昭和53年4月

資本金200万円として有志3名で事業を開始する。医療機器輸入代理店での経験を生かし、緊急検査装置を岩手県で販売開始する。

昭和55年10月

東北大学病院などから、新規緊急検査機器の情報紹介をいただく。販売店の協力をいただきサブメーカーとして、アフターを条件に活動範囲を東北地区全体に進められる。仙台市内にサービスセンターを新設し、この依頼に応える。

昭和55年10月

救急用として、全血で体内の電解質を測定できるスーパーイオン選択電極での分析が好評、東北地区の代理店として販売を開始する。この領域での確固な地位を築くことができるようになる。秋田営業所を新設する。昭和59年3月資本金を200万円から1000万円に増資する。弘前大学での臨床分析データ発表などのフォローが多くなり、そのアフターサービス充実の必要により、弘前営業所を新設する。

昭和61年5月

分析装置のデータ管理システムに興味を持ち、パソコンでのアプリケーションソフトを使った統計処理を販売する。以後、パソコンデータ処理だけでなく、医療画像システムの需要から、SEを医療システムメーカーに派遣し、教育を委託する。また、技術者を増員し、本格的な医療システム開発を手がけ、この分野での将来に向かっての投資を開始する。

昭和61年11月

八戸営業所を新設する。岩手県の医科理科同業会に加入する。大型生化学自動分析をオンラインする検査システムの地域サービスを依頼され、病院ごとのデータ項目のカスタマイズできるスタッフを揃える。

昭和62年10月

郡山にサービスセンターを設置する。システム開発部を事業部として正式に設立。顕微鏡におけるカウント演算処理からメーカーの協力により、装置を扱う。研究用の画像処理ソフトを扱い、バイオ関連に伴う部門を仙台営業所内に設ける。ハイテクのバイオ関連測定装置の本格的な販売を検討する。

平成2年4月

山形営業所を新設する。東北6件全域に営業所が設置でき、試薬、機器を一体化した東北代理店販売戦略を展開する。平成2年6月系列会社として、東京にフィンガルリンク株式会社を設立する。医療業界中央での情報収集目的と、将来を見越し、顧客から切望されている医療機器の開発及び輸入を担当し、この分野での本格参入をめざす。

平成6年4月

八戸営業所の取引の拡大に伴い、手狭になり新築移転する

平成8年4月

東北地区の拠点として、仙台営業所のスタッフを大幅に拡大し、仙台支店として、東北南部三県の拠点にする。

平成14年10月

盛岡駅前に医療情報開発センター(Medical Development Information Center略称MDI)として、鹿島建設に依頼した自社ビルが完成する。有能な人材の発掘、及び官学との商品開発をめざす。また開発メーカーであるフィンガルリンク㈱との情報交換に活用する。

平成19年1月

仙台支店、自社ビル完成、新住所でモダンなインフラ取引を開始する。

平成21年7月

秋田営業所 自社ビル完成

平成26年4月

株式会社 南部医理科 本社 新築 竣工式

敷地6,584㎡ 建物面積 1,072㎡